1級 · 読解 · 第19回
見知らぬ者の構造 ― 現代社会における信頼の再考
この回の内容
1級 · 読解 · 第19回
「信頼は身内のものだった → 近代が反転させた → 人から制度へ → 不信は病理とは限らない → 真の問題は配分の誤り」の運びです。
ジンメルの定義が読解の鍵
Trust … occupies a curious epistemic space between knowledge and ignorance(信頼は知識と無知の間の奇妙な位置を占める)。
完全に知っていれば信頼は不要、完全に無知なら合理的に信頼できない。
ゆえに信頼は 部分的知識の半影で花開く「未来への賭け」です。
ギデンズの facework commitments / access points は、制度の能力をその代理人の物腰から推し量る仕組み(提喩)を指します。
診断は「不足」ではなく「誤配分」
It would be facile … to construe declining institutional trust as an unalloyed pathology.(制度不信を純粋な病理と見るのは安直だ)。
警戒的な懐疑は説明責任の生命線であり、無差別に信頼する市民は搾取されやすい。
真の危険は 誤配分 ━ カリスマ的煽動者への軽信と、集合的福祉を支える非人格的制度への腐食的な冷笑の並存。
結論は「信頼を量産する」ことではなく discernment(見分ける力)を養うことです。
つまずきやすい所
○ 警戒的な懐疑は説明責任の生命線
✗ 制度への不信はすべて有害である
It would be facile …。
○ 問題は配分の誤り(誰を信じるか)
✗ 現代の問題は信頼の総量が減ったことだ
not a deficit … but its misallocation。
○ 完全に知れば信頼は不要になる
✗ 信頼は完全な情報があるほど強くなる
定義の両端。
定義の位置づけと診断の言い換え。設問はこの2点を狙ってきます。