1級 · 読解 · 第100回
語りうるものの果てに
この回の内容
1級 · 読解 · 第100回
「表現可能説 → 3人の証言 → 懐疑論者の反論 → その反論は問いを先取りしている → 控えめな教訓」の運びです。
三人の証人
神秘家は「正しい語が欠けている」のではなく words as such are the wrong instrument(語というもの自体が間違った道具)だと言う ━ 香りを量る、風を写真に撮るように。
音楽家は主張ではなく 実演 で、音の連なりが言い換えの効かない悲嘆を伝えることを示す。
喪に服す人は、どれほど雄弁な弔辞も損失の表面を滑るだけで、sealed behind a window that no sentence can open だと知る。
網の目という比喩
懐疑論者の反論は It quietly presupposes that genuine cognition must be propositional(真正な認識は命題的でなければならないと密かに前提する)ため、探究の前に非言語を定義で消してしまう。
結論は控えめで、それゆえ不穏 ━ Language is not a transparent window onto an antecedent reality but a net whose mesh, however fine the weave, has a determinate gauge; some catches inevitably slip through(言語は透明な窓ではなく、どれほど細かく編んでも目の粗さが決まっている網であり、いくつかの獲物は必ずすり抜ける)。
not to lapse into obscurantism(曖昧主義に落ちることではない)という自己防衛つきです。
つまずきやすい所
○ 語という道具自体が届かない領域がある
✗ 語れないのは語彙が足りないからだ
the wrong instrument。
○ 問いを先取りしている(begs the question)
✗ 懐疑論者の反論は決定的である
presupposes … propositional。
○ 曖昧主義に落ちることではないと明言
✗ 筆者は神秘主義を擁護している
not to lapse into obscurantism。
反論の反論まで追う型。begs the question の指摘が論の要です。