1級 · 読解 · 第50回
時制と無時制 ― 時は本当に流れるのか?
この回の内容
1級 · 読解 · 第50回
「流れの直観 → A系列とB系列 → 時制説の主張 → 無時制説の反論 → 物理と経験の断層」の運びです。
A系列とB系列の区別
A系列は出来事を過去・現在・未来として並べ、B系列は earlier-than / later-than だけで並べます。
後者の関係は恒久的で無時制、前者は絶えず変動します(未来の出来事はやがて現在になり過去になる)。
この区別(マクタガート 1908)が議論の土台です。
断層は埋まっていない
If becoming is illusory, our deepest emotional postures … rest upon a metaphysical confusion.(生成が幻なら、死への恐れ・郷愁・試練が終わった安堵は形而上学的な混乱の上に立つ)。
ただし時制論者は The tensed theorist may concede the physics yet insist that a theory mute about the felt passage of time has simply changed the subject.(物理は認めても、感じられる時の流れについて沈黙する理論は話題をすり替えただけだと言い返せる)。
結論は経験の像と科学の像の断層が埋まっていないことです。
つまずきやすい所
○ 時制論者は「話題のすり替え」と反論できる
✗ 物理学が時間の流れを否定して決着した
changed the subject。
○ 前後関係のみ(無時制)
✗ B系列は過去・現在・未来を含む
定義の区別。
○ 死への恐れや郷愁の位置づけに関わる
✗ この論争は実生活と無関係だ
The stakes transcend academic pedantry。
定義の区別と両陣営の決め手。結論が決着ではなく断層である点を押さえます。