1級 · 読解 · 第32回
洗練された恐怖 ― バーク、カントと崇高の美学
この回の内容
1級 · 読解 · 第32回
「美の語彙では足りない → バーク(恐怖と生理)→ カント(理性の覚醒)→ 両者を貫くのは距離の逆説」の運びです。
バークとカントの相違点
バークは崇高の源を terror(恐怖) に置き、観る者自身が危険にさらされていないことを条件としました(negative pleasure = 消極的快)。
カントは崇高を対象ではなく それを観照する心 に置き、想像力が敗北するまさにその失敗において理性が自らの無限性に目覚めると論じます。
Where Burke grounded the sublime in nerves and physiology, Kant relocated it in the moral architecture of the self.
両者を貫くのは「距離の逆説」
What unites these accounts is the paradox of distance.(両説を貫くのは距離の逆説)。
芸術と観照が深淵との間に救いの隔たりを差し挟むからこそ、恐怖は快になります。
The tragedy that would devastate us in life delights us on the stage. 結論は「美的経験とは、生き延びることが保証された条件下で行う、自らの消滅の予行演習」です。
つまずきやすい所
○ 美の語彙(小ささ・滑らかさ)では捉えられない別種
✗ 崇高は美の一種であり、心地よさの延長にある
the gorge inspired no affection。
○ 対象ではなく観照する心に置いた
✗ カントは崇高を自然の対象の性質と考えた
resided not in any object but in the mind。
○ 安全な距離が介在して初めて快になる
✗ 恐怖そのものが快になる
the paradox of distance。
二人の相違と共通点を分けて整理すれば、比較設問に強くなります。